脳腫瘍闘病記④術後~診断

前回から一か月経ちます。この間、父の病状は上がったり下がったり、一喜一憂を繰り返していました。
そして、手術から一か月でようやく病理検査の結果が出て、診断が下されました。それは、私にも家族にも予想だにしなかったものでした。
  

術後一週間からの回復

術後一週間の父は、植物人間のようで、ほとんど反応がありませんでした。
目を開けていても、自発的な発話もなく、排泄もできず、しまいには経管栄養となってしまい、このまま廃人のようにになってしまうのかと大変絶望した覚えがあります。

しかし、ある日突然、父は目覚めました。

始めは、「そろそろ終わりにせなあかんなあ」という一言でした。突然しゃべりだすものですから、とてもびっくりして、何を終わりにするのかと問いかけたりしました。徐々に会話ができるようになり、その内容から父が考えて、話をしていることがわかって、本当にうれしかったです。
術後一週間がまるで嘘のように父は自分を取り戻し、病院食を食べられるようになってからはさらに元気になりました。短期的な記憶はほとんど保持できず、5分前や昨日のできごとはほとんど覚えていられませんでしたが、それでも父が戻ってきて、再び会えたことが、本当にうれしかったのです。
  

回復

回復の兆しが見え始めると、家族の気持ちも上向きになり、このままなんとかなるんじゃないかと淡い期待を抱き始めました。
この頃は既に東京に戻っていたので、直接会うことは中々できませんでしたが、術後2,3週間の頃になると直接電話で話しができ、ついにはLINEにも返信がくるなど、少し前には信じられないことばかりでした。
旦那と共に帰省して、病院の1階のサンマルクに行った時も、パフェやパンを食べて楽しみ、お腹がいっぱいで夜ご飯が食べられなくなってしまうほどでした(本人は食べたことを忘れているので、食べられないことを非常に不思議がっていたようです)。
父は気分の良いときは、家族の気も知らないで冗談ばっかり言って人を笑わせようとしますし(大阪人の性ですね)、車が好きでしたので、会社の定年となる5年後にキャンピングカーを買って母と二人で日本中を旅行したいと、そのことばかり喋っていました。
あまりに父がいつも通りなものですから、本当にそうなるのではないかと、そう思ってしまうくらいでした。
  

診断

その頃は、まだ診断がついていないので、次の治療に進めずただ待機しているだけでした。
早く診断がつかないかなと、首を長くして待っていました。
ようやく先生から連絡があったのは、摘出手術からちょうど一か月後の頃でした。

父にできた腫瘍は卵黄嚢腫(yolk sac tumor)*1。グレード4で非常に悪性度の高い腫瘍です、普通は子どもにできる腫瘍であり、成人男性に卵黄嚢腫ができることは非常に稀で、世界に100人いるかどうかというレベルだそうです。
子どもにできた場合は、5年生存率は3割程度ですが、成人にできた症例がほとんどないため、成人での予後は不明とのことでした。
  
最初から珍しいとは言われていましたが、まさかそこまでの稀な症例だとは思ってもいませんでした。
図書館員の端くれですので、少し調べてみても、確かに症例はほとんど出てきません。学会抄録集のデータベースがウリなのに、学会発表ですら確認できませんでした。
PubMedでMeSHに"intracranial yolk sac tumor"を指定し、adultをALL Fieldにして検索しても、17件しか出てきません。たった、17件*2。それもセルビアや中国など世界端々での僅かな報告です。
  
父は容姿もわりとレアなタイプなのですが、それに輪をかけてそんな珍しい病気を発症するなんて、ある意味すごいなと感心しました。あたるんだったら宝くじがいいよね、と二人で笑ったりしていました。
  

悪化

診断がつき、すぐに化学療法と放射線療法が予定されました。
しかし、診断後、放射線科の予約までの五日間の間に、父の病状はまた悪化していきました。
手術で9割が摘出できたにもかかわらず、MRIでは徐々に腫瘍の成長がみられ、そのせいか、水頭症を再発したそうです。
直接話を伺えていないので、以前ほど腫瘍が大きくなっていないにも拘わらず、なぜ水頭症が再発しているかはわかりません。病状の悪化を受け、放射線療法は延期となりました。

幸い、診断後すぐに化学療法を始めていたため、とりあえずは化学療法による薬の効き目を見ながら放射線療法を検討することとなりました。
父の腫瘍は本当に成長が早くて、一か月で生命が危険になるほどですが、幸い成長が早い腫瘍はその分化学療法の効きも良いといった話もあるようです。
現在は、化学療法の副作用でぐったりとして、辛い様子で過ごしているようです。もちろん、LINEの返信もありませんし、声も聞けません。
  

一喜一憂という言葉がふさわしいくらい、父の病状の変化は激しく、翻弄されてしまいます。
この間、私の中では父のことに関する気持ちの整理がついたのか、毎週大阪に帰ることも止め、以前よりは穏やかに過ごしています。
どんなに悲しんでも、仕事や家庭といった毎日の生活を投げ出すことはできませんし、毎週のように夜行バスで帰省する体力も残念ながらありません。冷たいようですが、きっと多くの人が、そうやって肉親の病状を受け入れていくのかなと思いました。
これからまた一か月、父の様子に一喜一憂する日々が続くのでしょう。気持ちが上がった後に、突き落とされるのは辛いことですが、それでも次の”一喜”がくることを祈って、父の頑張りを信じています。

*1:http://plaza.umin.ac.jp/sawamura/pediattumor/germcelltumors/yolksactumor/

*2:ちなみに、MeSHで"intracranial yolk sac tumor" と"Middle Aged"を指定すると3件に絞られます。しかし、そもそも"intracranial yolk sac tumor"はMeSHタームではありません(!)。Supplementaly Concept Termsにもありません。yolk sac tumor"は"Endodermal Sinus Tumor"で索引されているものの、これを使うと泌尿器系など他部位での腫瘍も含まれてしまいます。MeSHタームにないものを指定して検索したときって、どういうアルゴリズムなのでしょう。